クレナイの死神 白き狩人

序章









周囲は、白に満ちていた。
染みすらも見受けられない、白い牢獄。
しかし、その牢獄に鍵はかけられていない。
其処に居る住人が理解しているからだ。
外界と自分を隔離する鉄製の扉。
その扉は、自分が超えてはならないボーダーラインだと言うことを。




昼の太陽光、そして夜の煌々とした人口の光。
その二つに照らされ、闇すらも消え去った街…東京。
何時しか『白夜の街』と呼ばれるようになったその町には、様々な想いが息づいている。
白亜の牢獄に住む住民もまた…この白夜の夢の中に居た。



その住民…青年に名は存在しない。
正確には『忘れている』と形容するべきだろうか。
彼は幽閉されているのだ。
忘れ去った、過去の自分の行動によって。
其れがなんだったのかさえも、思い出せない。
ただ分かること。
其れは、自分は外に出るべきではないということだ。



「SO−1。治療の時間だ」



もうそんな時間か、と青年は吐息を漏らした。
治療と称される行為。
其れは、忘れ去った青年の記憶を掘り出すもの。
SO−1とは、ここでの青年の名。
ナンバリングによる管理のほうが管理しやすいのだ、と聞いた覚えがあった。
無機質な職員の表情を見ていると、小さく笑いがこみ上げてきた。



その笑みは広がり、笑いへと。
嘲笑へと。
その笑みにやっと眉をひそめた職員。
その職員に目を向ける青年。
何処か気圧されているような職員の態度に、嘲笑は大きくなった。
このように笑ったのは久しぶりだ、と。
漠然と思う。記憶も無いと言うのに。
















「なあ」














不意に青年が職員に声をかけた。
感情が存在する声。
そのような声を聞いたことなど、この青年が此処に来てから一度たりともなかった。
答えられずに、ただ気圧されるしかない。
この男は、この男は…





















「俺は、生きているのか? お前は生きているのか?」

















戦慄。
恐怖。
畏怖。
様々な感情が駆け巡る。
歯が噛みあわない。
嫌だ。
イヤダ。
いやだ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ



















「…お前、美味そうだな…」


















「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

















絶叫が、響いた。
それは…紛れもなく。
断末魔だと、理解できるものだった。




二人から一人となった室内。
何かを啜るような水音が。
硬いものを噛み砕く音が。
肉を租借する音が。
目を抉り出し恍惚に表情を染める『魔物』が。
其処に、存在していた。
その片目は夜闇に爛々と…紅の輝きを見せていた。
彼は、『ボーダーライン』を超えたのだ。



































クレナイノ死
      神 白き狩人


序章 クリムゾン・マカーブル











































「発現は何時だ?」


「ハッ、今から3分27秒前です。きっかけは…おそらく職員との直接的接触かと」




純白の軍服に身を包んだ男は小さく舌打ちした。
さらさらとした黒髪が、軍服とのアクセントで映えて見える。
憎々しげに眼鏡の下の表情を歪めた。
忠告を聞かぬから、こういうことになる。
内心の言葉は表に出さず、ただ廊下を駆ける。



「このまま、自らの手で滅ぶのか…人類という種は」



ポツリと軍人が呟いた。
その言葉には、虚しさ・悲哀・憤怒…様々な感情が渦巻いていた。
その隣で、下仕官は上官を見遣っていた。

























騒ぎは広がっていた。
廊下に出た『ソレ』は、新たな獲物の到着にほくそ笑む。
紅の片目。
狂気を帯びたその瞳。
間違えようもない。

…標的だ。




「紅の死神、クリムゾン・マカーブル! 貴方に恨みはないが…発症したからには死んでいただく」



クリムゾン・マカーブル。
近年蔓延し始めたウィルス性の殺人鬼である。
感染したものはまず、自殺を試みる。
そして、生き残ったとしても記憶を失う。
そしていつか…この青年のように死肉を漁るカニバリズムに走る。
紅の片目が発症の証拠。
こうなったものは…殺すしかない。



白き軍人は、短剣を抜き放った。
両手に、一本ずつ。
所謂二刀流だ。
蛍光灯の光を反射し、鈍い光を発する其れ。
構えつつ、軍人は高らかに声を上げた。














「クルセイダー・メビウス小隊隊長…速水 慶介(ハヤミ ケイスケ) 参る!」







純白が、翻る。
紅を滅すべく。
白刃が閃き、血みどろの牙が踊る。














                                          続劇








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