クレナイの死神 白き狩人

1章









 大質量の物体が激突、錯綜する響き。
刃に切り裂かれたように慶介の頬に一筋の血が浮かび上がる。
小さく舌打ちをすると、短剣を再び構えた。
背後の下仕官は…青い顔をしている。
狩人失格だな…と考える傍ら、仕方のないことだと速水 慶介は感じていた。

 うち捨てられた人間だった肉塊。
死神のメインディッシュは内臓と眼球。
さしずめ、肉は前菜。
骨髄はデザートといったところか。
悪趣味な食事の残滓が床にぶちまけられている。

 其れを見ても特に感慨は浮かばない。
所詮は他人の死体。
虫の死体を見たような気分の悪さは覚えるが…それ以上でも以下でもない。


「何をしている。
 なんのために補助能力を持つお前が俺と組まされたと思っているんだ?
 仕事を全うしろ、木戸!」


 弾かれたように俯けていた顔を上げた下仕官、木戸 留美奈(キド ルミナ)。
彼女の異能力「苦痛(ペイン)」は能力を付加した武器で与える痛みを数倍に増幅する。
戦意を殺ぎ、いち早く仕留められる能力だ。
しかし武器にその効果を付加するのみであり、飛び道具には効果をなさないという応用力のない能力である。
だからこそ、速水と組まされたわけだが。
速水の構えた短剣に、淡い光が宿る。

 短剣を光が覆うのとほぼ同時に飛び掛ってくる死神。
理性の存在しない攻撃は…速度はあるが鋭さと正確さに欠ける。
光の筋のごとく見えるのは、死神の驕りだ。
交差する刹那…光の筋を一本切り落とす速水。
その瞬間宙に舞うのは、血を撒き散らす肉の枝。
速水の頬にはもう一筋血の線が刻まれた。
増幅された、腕を失うという痛み。
その壮絶な痛みに死神は叫び声を上げる。
だが、その痛みも次の瞬間には消えていた。
死神の命すら宙に舞って消えていたのだから。


「任務完了。速水・木戸はただいまより帰還する」


 通信機に話す口調は極めて事務的だ。
死体の処理は別の班が行うことになる。
短剣を鞘に収め、眼鏡の位置を直す。


「戻るぞ、木戸。
 今日はこれで終わりだ」

「は、はい…」































クレナイの死
      神 白い狩人

1章 変異種






























 速水らが去り、しばらく後。
施設内は小規模ながら混乱に見舞われていた。
一般人から働きに来ている人物にとって身の毛もよだつことが実際にあったのだ。
人が食われる。同じ、人だった「モノ」に。
それは、普通の人間には耐え難い現実であった。
血の祭典と化した廊下に集まる者。
それは食事とされた職員の友人であったり、興味本位の野次馬であったり。
その双方とも、この場に来たことを後悔している様子だった。

 その様子に冷笑を浮かべている者たちが居た。
この惨状の原因である死神を駆逐するための部隊。
政府聖防庁直属の特殊部隊、通称クルセイダー。
死神の出現と同時に日本で現れ始めた異能力者たち。
その異能力者をかき集めただけの部隊。
所謂、「軍隊ごっこ」の一団だ。


「…あれを処理したのはミュータントだってな。ケッ、勤勉なこった」

「何で上の連中もミュータントを放置していやがるんだかな?
 あれも死神もなんら変わりねぇじゃねぇか」

「見た? あの真っ赤な瞳。気持ち悪いったらないわ」


 クルセイダーの下仕官・仕官は速水を嫌うものが多かった。
死神の変異種である速水。それだけで、クルセイダー内では嫌悪するに十分な理由だった。
得体の知れない化け物。
それが、速水を嫌うものの速水への共通の見解だった。
 統制の取れぬ寄せ集めの軍隊モドキでは、このように士気の低下を招く会話も日常茶飯事だ。
彼らのような下仕官に、上官である速水に対しての陰口など許されるはずもない。
しかし其れを統制できぬのもまた軍隊モドキの道理。
士気低下の悪循環は、加速の一途を辿っていた。


「おめぇら、よくもまぁ飽きずに陰口を叩けるもんだな。仕事をしてからものを言えよ…」


 その流れを良しとしない人物が居る。
それは話題となっているミュータント、速水の部下である木戸。
そして現在声を発した、速水の友人である村国 秀一だ。
下仕官である木戸はともかく、村西は少佐待遇の仕官。
その上実力もトップクラスのクルセイダーである。
下働きが関の山であるこの場の下仕官で言い返せるものなど居なかった。

 不満げながらも死体処理の作業に戻る下仕官。
お前は気持ち悪くないのか…とその瞳は問いかけているようだ。
その瞳を一蹴すると、村国は溜息を零した。


「…あいつらの言葉じゃねぇが、上は何をしていやがる?
 いつまで軍隊ごっこのつもりでいるんだ。
 統制を取ることなんざ、本気になれば余裕だろうによ…」


 異能力者は排他されている。
つまり異能力者を認めている組織は現在クルセイダーのみだ。
水面下のきな臭い世界では利用されているのかもしれない。
しかし、信頼の置ける受け入れ口はここのみのはず。
そのことを利用すれば如何様にも統制は取れるはずなのだ。


「聖防庁は、聖騎士を野犬の群れにするつもりか…?」


 その疑問に答えられるものはなく。
言葉は虚空へと霧散し、喧騒に埋もれていった。






























 暗い室内。
その中で蠢くのは陰謀という名の影。
話す人物の声は明るく、雑談のような雰囲気を伴っている。
しかし、周囲に広がる噎せ返るような血の香りがその雰囲気を否定していた。
その血の香りの中に居るのは、三人の人物。
少なくとも、外見のみは。


「…ふぅん。奴等の中にも私たちみたいなのがいるんだ?」


 年相応の可愛らしい声を上げる少女。
片手で携帯電話を弄りつつ、興味を持ったらしい反応を示した。
どうやら少女は携帯電話でゲームをしているらしい。
場の雰囲気にそぐわぬ軽快な効果音が響く。


「真面目に話を聞けって…。だから、そいつを俺らの仲間に引き入れれば良いと思うわけ。
 そうすりゃ奴等の情報も聞けるし戦力も増えるしで一石二鳥っしょ?
 どーよ、俺って最高」


 何が可笑しいのか、常に表情の緩んだ男が言葉を続けた。
軽薄な雰囲気を振りまくこの男はボールを回すように生首を回していた。
そして、其れを宙に放り投げるとちょうどサッカーのシュートをするように蹴り上げた。
しかし飛ぶのは生首ではなく肉の破片と脳漿、そして眼球だ。


「…その意見は悪くない。
 味方に引き入れられればそれでいい。
 引き入れられなければ…消すだけだ」


 そう言って学ランを着た男は拳を壁に叩き付けた。
拳を中心としてクレーターのようなへこみが壁に発生する。
其れを横目に見つつ少女はつまらなそうに携帯電話を握りつぶし、軽薄そうな男は口笛を吹いた。
学ランを着た男は、言葉を続ける。


「僕たちは選ばれた人間だ。新人類、と言い換えてもいいだろう。
 古い人間は平伏し……僕らに服従する道を選ぶべきだ。
 そうでないものには死を。苦痛を。
 そう、僕らの時代が来たんだ。
 新たな人類の歴史の幕開けは、僕たち『モース』の手で行う」

「メッセンジャー・オブ・カオスエンドの略だっけ……。それは、正直かっこ悪いと思うわけ」

「どうでもいいじゃなーい。味方に引き入れる人、かっこいいといいなぁ……」


 陰謀の胎動は無邪気に、しかし確実に始まっていた。
闇の中で輝くのは野望という光に満ちた紅の双眸が三対。
その輝きを知る者は、まだ僅か。














                        続劇








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