聖夜の孤独

My name is...

 





 聖夜、雪の降るその日。
あるものは家族と団欒を過ごす。
あるものは雪に見惚れる。
そしてあるものは…死神と戦っている。
白い狩人――クルセイダーに休日というものは基本的に存在しないのだ。


「年中無休、二十四時間営業ってか…。コンビニじゃないんだぜ、俺らはよォ」


 雪を思わせるような純白の軍服で大柄な身体を包んだ男がぼやいた。
待機命令中の男は、ひたすらに暇だった。
同僚である速水慶介に声をかけようと口を開いた。
が、言葉より先に出たのは欠伸だ。


「ふわぁ…。暇だなぁ、速水?」

「おいおい、村国。欠伸なんてしやがって…。緊張感が足りねぇぜ?」


 煙草を燻らしていた速水は苦笑気味に答えた。
村国と呼ばれた男はさして気にした様子も無い様だ。
くつくつと笑いつつ、速水から煙草を一本譲り受けた。
ラッキーストライク。
速水愛用の銘柄である。
男は普段、ハイライトを愛用している。

 百円の安っぽいライターで火をつけると、深く吸って浅く吐いた。
肺に煙を残すように吸うのが村国の癖だ。
肺ガンになるのは確定的だから、味わえるように吸うんだ…とは本人の弁だ。
その様子を苦笑気味に見つつ、速水もまた紫煙を吐き出した。


「村国じゃなくて名前で呼べって言ったろ? 秀一だよ、シュウイチ」

「悪かったよ、秀一。だが、暇だからって俺に絡むのは勘弁してくれ…」

「つれねぇな、速水…」


 村国の台詞はともかく口調は全くそうは思っていない様子だ。
全く暗くなる様子もなく、笑顔は相変わらずである。
よく分からない奴だというのが速水の中での印象だった。
だが、このよく分からない奴も一応隊長なのだ。
そしてこの男は、ワンマンアーミィを行えるほどの強さなのである。

 襟元の通信機から連絡が入る。
本部内での通信は基本的にこの回線からの通信となるのだ。
通信を受けたのは、村国。


「…っと、出勤の時間か。聖女ならぬ魔女様と来たか。こりゃ豪勢なクリスマスになるぜ?」

「さっさと行ってこい、デカブツ」


 へいへい、と言葉を返しつつ。
村国は自らの車に乗り込んだ。
行き先は、池袋。
死神との、ワルツの時間だ。

















「…美人なのはいいんだが、凶暴さと血みどろの見た目でマイナス。…ありゃ、±ゼロだな。困った…」


 真顔でそんなことを言いつつ、死神を見据える村国。
死神の容貌は、妙齢の美女である。
しかし、その片目は爛々と紅に輝いている。
そしてその両手と口の周囲は真っ赤に染まっていた。
口は半開きになり、唾液が滴っていた。

 村国の視線は、女性の死神よりもその足元の男に注がれていた。
女性に暴行をしようとしたのだろう。
そのことが原因で、死神が顕現したようだ。
衣類の類はほとんどなく、女性の死神の着衣もまた乱れている。
哀惜の念など浮かべようもない。
死神に欲情した報いと言えるだろう。


「…俺からのプレゼントだ」


 ゆったりと刀を引き抜く。
其処に存在する刀身は、異質だった。
斬ることに使うべき部分が存在していない。
ただの薄い鉄の棒なのだ。


「…せめて苦しまず、楽にしてやる」


 刀身を輝きが覆う。
生命を削る異能力、「ソード・オブ・オーディーン」。
刀身に触れた死神のみを問答無用で葬り去る、限りなく最強に近い異能力。
刃の先を、死神に向けた。

 向ける刃は地面と水平にされている。
新撰組の奇才、土方歳三が考案した刀剣戦術「平突き」。
突きを返されようとも、横切りに瞬時に転じることが出来る。
村国の基本戦術は、この平突きだ。


「……シッ!」


 裂ぱくの気合と共に行う爆発的加速。
一直線に村国は死神の懐へと入り込もうと試みるが。
狙うのは、相手の右半身。
回避されようとも、横切りへと移行できるこちらに有利な位置。

 超人的な身体能力を持つ死神に常人向けの戦略がいつも通じるとは限らない。
速水と違い変異種ではない他の狩人たちは、頭脳線で戦うことを基本的に強いられる。
そして、基本的には複数のメンバーで徒党を組んでの仕事になるのだ。

 だが。ワンマンアーミィを行えるほどの実力者である…村国は違う。
跳躍によってこちらを飛び越そうとした死神を、下から一閃する。
光の粒子に包まれた死神は…跡形もなく消えた。
















 数時間後、死神が消えた場所に座り込む影があった。
村国である。
数時間連絡がないため、速水が様子を見に来たのだった。


「…おい、秀一。なにをしてるんだ」


 速水の問いに、村国は答えない。
さらに言葉を続けようと速水が口を開いたとき…其れを遮るように、村国は口を開いた。
煙草の灰が、ゆったりと落ちていく。


「クリスマスの終わりくらいまでは…ここに居てやろうと思ってな。きっと、さびしかっただろう…」


 その言葉に、気勢を殺がれる速水。
村国は速水に顔を向け、してやったりという表情を浮かべた。
煙草の火は、後僅かだ。


「自分が悪くねぇのにばつが悪いだろ、速水? ハハハハッ」

「照れ隠しはいいんだよ…。ったく」


 速水もまた煙草の火をつけ、自分もまた其処に座り込んだ。
村国は満足げに笑むと、新しい煙草を取り出す。
そして、お互い何をするでもなく…煙草を燻らした。
暗闇が消えるまで。
聖夜の明ける時間まで…。








                   END









Back