見つけた傷跡

The end of sadness












「…散れ、死神」

 朝が近づく時間。
が、蠢くのは闇の者たち。
白き狩人と、紅の死神。
ウィルス性の殺人鬼が蔓延する現代。
寝起きの人間や、寝ている人間などが知らぬ世界。
命のやり取りが繰り広げられる…そんな世界だ。

 電話の形をした通信機を取り出す。
どの形でも良いんじゃないか、と以前聞いたのだが…擬態のためだという答えが返ってきた。
擬態の一環かもしれないが、電話としても問題なく扱える。
白き狩人の通信手段といえば、これなのだ。

「こちらメビウス小隊、速水。負傷者二人の収容を頼む。
 …ああ、殲滅した。逃がしては居ない。
 なんだと? また発生したのか…。
 了解、俺が行く。部下は休ませる」

 小さく舌打ちを一つ。
遠く、救急車のサイレンが聞こえる。
おそらく、負傷者収容のためのものだろう。

 部下の下仕官にその場を任せ…速水は地を蹴った。
向かうのは、銀座の裏路地。
近くに止めていたバイクに跨り、ゴーグルを着用。
暁の時間になった都内を疾走する。





 発症の起爆剤となったのは、些細な諍いらしかった。
所謂、かつあげなどに代表される少年犯罪などだ。
大人しそうな印象の、少女の足元には不良の残骸が転がっていた。
少女は此方を見遣る。
長い黒髪と暗い路地のせいか、その表情は読み取れない。
何かを咀嚼しているようだった。
もくもくと、可愛らしく口が動いている。

 瞳の色をみることは出来ない。が、相手は間違いなく死神だ。
足元の死骸が、如実に其れを語っている。
ふと、少女が口から何かを吐いた。
ちょうど、ガムを吐くように。
其れは…カラーコンタクトだった。
少女は、眼球を食べていたのだ。

「…メビウス小隊隊長、速水 慶介。参る」

 後腰の短剣を短剣を抜き放ち、肉薄する。
紅の死神の運動能力は、常人とは比較にならない。
勝負を決めるのならば…一瞬が望ましいのだ。
ダマスカス鋼製の刃が少女の首を裂こうと迫る…が。

「…何?」

 響いたのは、鈍い打撃音。
少女の拳が軍服にめり込んでいた。
眼鏡の下の表情が、僅かに苦痛に歪む。
拳の動きも当然止まり…余裕という名の隙が生まれた。
刹那、少女の身体は宙を舞っている。
蹴撃が脇腹にクリーンヒットしていたのだ。




 少女は、気絶していた。
骨も折れてはいない。
拳の届くようなショートレンジ内での蹴りなのだから、威力が殺されたのだろう。
少女の長い前髪を払い…驚愕した。
その容姿は…紅の死神に殺された昔の恋人に瓜二つだったのだから。
そして、その少女の両目は…紅に染まっていた。

「…ハハハハハハハ、ハハハハハハッ!」

 笑いがこみ上げてきた。
そして、涙も。
死んだ恋人と瓜二つの容姿の死神。
しかも、自分と同じ変異種なのだ。

「こんな運命は、俺一人で良かったのに…。
 何故、こんな少女まで巻き込む?
 何故なんだ…」

 その問いは、誰に向けられたものだったのだろう?
神か。
自分か。
それとも…他の何かか。

 打撃の衝撃で砕けた眼鏡。
その下の…紅の両目。
うち捨てられた曇ったガラスに映る現実。

「…この子を、モルモットにするわけにはいかない…」

 白い狩人に入隊するかわりに、自分はモルモットから解放された。
この少女に…その運命を背負わせるわけには行かなかった。
変異種は…自我を持ったままの死神。
そして、この少女は…変異種の力に振り回されている。
施設に行けば…確実に発狂するだろう。
あそこは…そういうところなのだから。

 自分が守らなくてはならない。
速水の中に、そんな決意が生まれていた。
自分の恋人と瓜二つなのは、その運命を象徴しているのだろう、と。

「守ってやるからな、俺が…この命に代えても」




「…速水をロストしました」

「死んだ、というのか…速水…」

 その日。
速水慶介は、姿を消した。
少女の姿は確認されていない。
白い狩人は、その少女が速水を殺害し逃亡したと認定。
全国に手配し、その行き先を追っている…。




                         END










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