夜明けに響くのは。
A Happy New Year!!
雪が降り始めていた。
舞うように降り積もる雪を踏みしめる音が、男は好きだった。
独特の「サクッ」とも「ガッ」とも聞こえるような不思議な音。
手の平に乗せれば、瞬く間に消えて行く儚さ。
日の出に煌くオレンジ色の輝き。
その全てが、男にとって魅力的だった。
雪を手の平に乗せニヤニヤと笑う男に、傍らの友人が嘆息する。
雪一つでこうまでご機嫌になれるとは……と。
白い吐息はため息であり、感嘆である。
夜の散歩道。
友人の男は夜空を見上げた。
満天の星空が、自分を迎えてくれる気がして。
しかし、見上げた空は暗鬱な曇り空だった。
「仕方ないか……。雪、降ってるしな。
星座の一つでも探してみようと思ったんだけどな。
オリオン座とかどうよ?」
「なーに似合わないこと言っちゃって。
オリオンよりオニオンが好きなくせにー。
俊也(トシヤ)くんはセンチメンタルなお気持ちで?」
「チッ、テメェは雪でも眺めてろ」
男は耳ざとく友人の言葉を拾い上げ、からかう。
俊也と呼ばれたその男の友人も、らしくないことを言ったと思ったのだろう。
照れたようにあらぬ方向を向くと憎まれ口を叩いた。
その間にも、男は飽きもせずに雪を拾っては眺めている。
再びため息をつくと、俊也も雪に目を落とす。
確かに、たまに降る雪は綺麗だと俊也も感じてはいる。
しかしあれは行き過ぎではなかろうか、とも思うのだ。
ふと悪戯っぽい笑みを浮かべる俊也。
好きだねぇ……と呟きつつ、俊也はこっそりと男の後ろでしゃがみこんだ。
男は気づかず、そのまま雪を眺め続ける。
俊也はゆっくりとした動作で雪玉を作ると、振りかぶって男の後頭部に放り投げた。
バス、と鈍い音がする。
「いってぇ……。なにすんのさ、トシちゃん……」
後頭部を摩りつつ振り返る男。
咎めるというより、今の状況を楽しんでいるような……そんな表情。
手の平の雪は既に溶け、雫となっている。
その雫を払うと、男はしゃがみこんだ。
反撃の準備。
弾の充填だ。
その間にも、不敵な笑みと共に言葉を投げかける俊也。
「うるせぇ。さっきの仕返しだ。
悔しけりゃお前も当ててみろよ、弘道(ヒロミチ)」
自分の腕に手を当てて胸を張る俊也。
弘道と呼ばれた男は、表情を笑顔に変えると雪玉を作り始める。
しかし、俊也という男はそれほど甘くも寛容でもなかった。
投げ込まれる容赦の無い雪玉の剛速球。
それは狙い違わず弘道の鼻を強打した。
珍妙な声を上げて、弘道が雪に倒れこむ。
マウスピースのように、鼻に当たった雪玉が宙に舞う。
その様子を腹を抱えて笑う俊也。
くの字に身体を曲げ、自分自身が作り出したこの状況に爆笑している。
涙目になりつつ呟きを漏らす弘道。
「流石は野球部のエースだね…。
いてぇ…。折れてない?
なんか心なしか曲がってるような気がひしひしと。
その場合、慰謝料二千円で手を打つけど」
「誰が払うか。
折れてねぇし、折れてても払う金はねぇよ。
練習で忙しくてバイトもできねぇんだ。
おかげで欲しいゲームも買えねぇし…ああもう。
六千円くれ!」
「なんでそうなるよ、相棒……」
弘道は苦笑とともに立ち上がると、ふと空を見た。
雪は晴れ、雲がほとんど消えていた。
残念そうな弘道とは裏腹に、俊也は顔を綻ばせた。
心底つまらなそうに唇を尖らせる弘道に苦笑を浮かべる。
コイツ、本来の目的を忘れてやがるな……と。
ダッシュと共に弘道にラリアットをお見舞いし、一緒に土手に倒れこんだ。
抗議の声を上げる弘道の頭を小突き、東の空を指差した。
「ほれ、日本の夜明けは近いぜよ。
つーわけで見れ。今日の目的憶えてんのか、おめぇは」
「雪の鑑賞」
「即答でそれか。あーもう帰るか。
でもまぁもったいねぇからかえらねぇけど。
今この土手で初日の出を見るって約束だったろうが。
脳みそ引きずり出して小一時間説教させろ」
「爽やかにシカトするが、東の空から日本の夜明けが顔出してんよ」
東の空を見やる俊也。
見えるのは、新年の夜明け。
そう思うだけで特別に見える……紅の暁。
顔をお互いに見合わせて小さく笑う二人。
拳を突き合わせ、笑みの表情を作り。
最高の友人に新年の挨拶を。
「今年もよろしく頼むぜ、相棒」
「こちらこそよろしく、俊也」
今年も、きっといい年になる。
そう確信できる幕開け。
幸先のいいスタートに、二人がハイタッチした瞬間。
笑みは驚愕に。
喜びは恐怖に。
「うおおぉぉぉぉ!?」
「なんか来た!? 噛む生き物はいやん!
歯形がついたらお婿にいけない〜!」
「気持ち悪い声だしながら縋るんじゃねぇ!
俺がもらってやるから囮に行け! 離れろ!!」
新年早々、巨大な野良犬に襲われた。
終わり